2025/01/19
「症状」と「兆候」
ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
犬の膝蓋骨脱臼症(Patellar Luxation, PL)は、膝蓋骨(膝のお皿)が正常な位置から逸脱することで痛みや歩行異常を引き起こす疾患です。小型犬に多く見られ、特にトイプードルやチワワといった犬種で頻繁に診断されます。
今回、当院で診察した体重2kgのチワワは、他院で無症状のPLに対して手術を勧められていました。しかし、当院での診察では痛みや歩行異常、関節炎の「兆候」が全く見られなかったため、経過観察を提案しました。この判断に至った理由と無症状のPLにおける治療方針について以下に説明します。
PLは、重症度に応じて4段階に分類されます。軽度のPLでは症状が現れないことが多く、進行も緩やかです。医学的には、「症状」とは患者(動物の場合は飼い主)が感じたり訴えたりする主観的なもの(例:痛みや違和感)を指し、「兆候」は医療者が診察や検査で客観的に確認できるもの(例:膝蓋骨の逸脱や関節炎)を指します。今回のチワワでは診察により軽度のPLという「兆候」が確認されましたが、痛みや歩行異常といった「症状」は見られませんでした。
文献では、無症状のPLに対する治療方針に関して多くの議論がされています。Harasen(2006)は、小型犬の軽度PLの多くが無症状のまま進行せず、経過観察で十分管理可能であると報告しています。また、Rezendeら(2016)は、体重管理や運動制限を適切に行うことで、無症状のPLを持つ犬が高齢まで健康に生活できる可能性を示唆しています。これらの研究結果は、症状がない場合には積極的な外科的介入を慎重に検討すべきであることを裏付けています。
専門医の見解でも、無症状PLに対する手術の慎重な判断が求められています。ある獣医師専門サイトで議論された際、E医師は「症状がない場合、手術を行う必要はなく、症状が出てから対応しても十分」と述べています。また、K医師も「無症状のPLは変形性関節症のリスクが低く、経過観察で管理可能なケースがほとんど」と指摘しています。一方で、PLの手術に関してH医師は「技量により治療結果に差が出やすいため、専門施設での手術を推奨する」との見解を示しています。当院では、手術の複雑さと術後のリスクを踏まえ、必要な場合は専門施設を紹介する方針を取っています。
今回のチワワさんも、体重が軽く膝への負担が小さいこと、無症状であることから手術の必要性は低いと判断しました。また、手術には麻酔や術後感染、インプラントの干渉などのリスクが伴います。さらに、術後の痛みやストレス、リハビリ期間中の運動制限が犬の生活の質を一時的に低下させる可能性もあります。これらを考慮した結果、まずは経過観察を提案し、進行や症状の発生が見られた場合に迅速に対応できる体制を整えることが最適と判断しました。
医療介入にはリスクが伴うため、症状のない動物に対しては慎重な判断が求められます。特にPLのような疾患では、症状が現れるまで手術を控える方針が、犬にとっても飼い主にとってもメリットが大きい場合があります。今回のチワワさんも、以前受けた手術後に性格が少し臆病になってしまったとのことでした。獣医師は、手術による身体的な影響だけでなく、心理的な変化についても考慮し、リスクと利益を慎重に天秤にかける必要があります。
結論として、PLでは兆候が確認されても症状がない場合、経過観察が最も適切な選択肢となることが多いです。無症状の動物に対する手術は慎重に判断するべきであり、症状の発生を待ちながら状況に応じて柔軟に対応することが求められます。飼い主と獣医師が協力し、リスクを十分に考慮した上で治療方針を決定することが重要です。
簡単に言えば、PL以外の病気全てにおいて「兆候があっても症状がない」場合は、経過観察が最適な場合がかなり多いと考えています。医療の法則のようなものだと私は考え、日々の臨床に取り入れています。
「兆候があっても症状がない」場合は医療介入はせず、食事や運動などの生活習慣を見直すことで対応することが最善な場合が多いと考えてます。
そう考え、このチワワさんは、激しい運動は制限し、体重も増やさないようにするといった、生活習慣への対応を指示しています。
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