2025/05/11
『白い巨塔』1

ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
2003年フジテレビで放送された名作「白い巨塔」を最近ネットフリックスで見ました。
作中の弁当屋の主人、佐々木庸平氏は食道がんの手術後に急死しました。解剖の結果、死因はがん性リンパ管症(リンパ管を通じた食道がんの肺転移)の急激な進行だったことが判明しました。主治医の財前五郎医師は術後よくある感染性肺炎と判断し、抗生剤で治療するも良化せず、呼吸不全が進行。術後1ヶ月しないうちに死亡、という経過です。
その後、不覚にも財前自身が、肺がんのステージ1と診断され、根治を目指した手術を受けることになります。しかし、手術中に術前の検査では検出されなかった胸腔内転移が見つかり、手術不能で、実際にはステージ4で、すでに転移がかなり進んでいたことが判明します。術後、脳などへの転移が進み、悪化傾向を辿り、退院をすることもできず、無念の中、死亡しました。
ともに共通しているのは、術後に急にがんが進行したということです。また、手術をしなければ、佐々木氏は1から2年は、作中で述べられたように生きることが可能だったでしょう。財前医師の方は数ヶ月程度でしょうが、長く生きることができた可能性はあります。
共に手術をしたことによって、「手術誘発性腫瘍進行」が起きた可能性があります。佐々木氏にはその可能性が高く、財前医師にもその可能性があります。さらに財前医師は腫瘍内切除により腫瘍が播種した可能性があり、新たな播種や転移を起こした可能性もあります。
さらに術前のCT検査などで、両者ともにリンパ節への転移は検出されませんでした。佐々木氏のケースでは手術中にもリンパ節は問題なかったようです。このことはリンパ節の転移と遠隔転移には関連性はなく、転移は独立的に生じる可能性を示唆しています。
それから、2人とも、穏やかな死を迎えることはできなかったように見えます。両者とも手術後から軽快することがなく、悪化傾向を辿り、佐々木氏はおそらくARDS(作中ではがん性リンパ管症ですが、手術や腫瘍がきっかけで起こる肺水腫による呼吸困難を私は考察しています)による呼吸困難、財前医師は脳転移などに起因するせん妄状や体の麻痺があったように見えます。また、共に死への心の準備も十分できず、身辺整理や近親者への別れの時間は十分に取れなかったでしょう。
共に術前では、手術すれば根治できるという楽観的な予測でした。このことは、もしかしたら、検査で検出できない潜在的な転移の存在の軽視、原発巣から浸潤的に転移を起こすという考えへの固執、手術誘発性腫瘍進行の考えの欠如から生じているのかもしれません。
作中では、食道の腫瘍の切除が成功し、順調に退院していた患者もいましたが、転移しない腫瘍を切除した可能性もあります。
少なくとも、佐々木氏は手術をしなかった方が良かったですが、もちろん、それは結果論です。それから、佐々木のこれほど術後に急性ながん性リンパ管症が起こることは非常に稀であり、急変したのもドラマチックにするための演出もあるかもしれません。また、佐々木氏は特に無念だったでしょう。上記のような手術のリスクをよく知っていれば、その無念さはいくばくかは軽減されたかもしれません。
大切なのは、根治を目指す手術をする場合は転移の有無を徹底的に検査する必要があることです。ただし、今の医学をもってしても転移を除外することは難しいでしょう。また、手術するとがんが悪化し、QOLを著しく低下させ、短命になることがあることを知っておくことが大切です。当時の財前医師には比較的新しい「手術誘発性腫瘍進行」という概念はなかったかもしれませんが、腫瘍外科を行う際には、医師は患者に付言する必要があるでしょう。
という感想と解釈を獣医師としてもちましたが、久しぶりに非常に良いドラマを見ました。
最近は良い話題のないフジテレビですが、ドラマ制作部は優秀なのでしょう。
【手術誘発性腫瘍進行】
がんの手術をすると、残っていたがん細胞が再び大きくなったり広がったりすることがあります。その理由の一つは、手術の傷を治すために出る成長物質が、がんの成長も助けてしまうことです。また、手術のストレスで体の免疫の働きが弱まり、がんと戦う力が落ちます。手術によって体に炎症が起こり、がんにとって都合のよい環境ができることもあります。さらに、血管を作る働きが高まって、がんに栄養が届きやすくなることも原因です。これらの要因が重なって、がんが再び進行しやすくなる現象をまだはっきり定義された用語はないようですが、「手術誘発性腫瘍進行」と言います。
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