ふじみ野市
大井みどり動物病院
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2025/05/18

『白い巨塔』2

転移とがん治療の未来
 
 
 
 

 

 

ふじみ野市の大井みどり動物病院です。

 
 
財前医師が逝去する直前、内科医・里見医師に宛てた手紙には、「がんの根治には外科手術が第一だが、今後は内科的治療の発展が重要であり、その任を託したい」との趣旨の言葉が綴られていました。
 
腫瘍外科の第一人者であった財前医師が、手術の限界を感じていたことが、この一文からうかがえます。
 
がん治療において、腫瘍塊を切除する手術は、腫瘍細胞の細胞数減少という点で最も効果的な手段の一つです。放射線治療や化学療法と比較しても、即効性と確実性において手術が勝る場面は多くあります。感染症において膿瘍を切除することが有効であるように、「悪い部分を取り除く」という行為は直感的にも理にかなっています。
 
しかし、がんの場合は話が異なります。膿瘍が連続的に周囲へ拡がるのに対し、がんは血行性・リンパ行性・播種性など、非連続的かつ多様な経路で転移します。手術は、がんの進展様式を「感染巣のように扱う」という発想から始まったのかもしれません。あるいは、しこりがあれば取りたくなる本能が人にはあるのかもしれませんが、現代の知見では膿瘍のようには進行しない可能性があることが分かってきました。
 
がんが転移しなければ、生命予後に重大な影響を及ぼさない場合も少なくありません。すなわち、治療の鍵は「転移の有無」にあります。しかも、転移には活動性の高いものから休眠状態のものまでさまざまなタイプがあり、何年も経過して、転移が出現するケースもあります。
 
加えて転移を事前に完全に防ぐことが極めて難しい点もあります。がん細胞が体内で発生してから検出可能な大きさになるまでには数年以上を要するのが一般的です。また、がん細胞は発生初期からすでに転移能を獲得している可能性すらありますので、真の意味での早期発見は不可能です。このため、治療の本質は「転移の進行を抑えること」になっていくでしょう。
 
つまり、がん細胞を「目覚めさせない」「休眠状態に保つ」ことが、今後の重要な戦略のひとつといえるでしょう。原発巣と転移先では、がん細胞の性質が異なることもあり、「がんが放射状に広がる」という従来のイメージは修正が必要です。そうであれば、手術によって転移を防ぐ効果は非常に限定的かもしれません。
 
転移を抑制することができれば、原発巣があっても経過観察という選択肢が現実味を帯びてきます。実際、がんの悪性度とは「転移のしやすさ」にほぼ等しいとすらいえるでしょう。
 
また、手術そのものが、転移細胞を刺激して活性化させてしまう可能性もあり、「手術誘発性腫瘍進行」という概念が注目されています。一方で、化学療法は正常細胞へのダメージも大きく、効果には限界があります。
 
現在、転移細胞を「休眠状態に保つ」研究が進んでいますが、臨床応用には時間が必要です。がん治療の次なるブレイクスルーはこの分野から生まれるのではないかと私は考えています。
 
また、転移の有無を正確に見極める検査技術の発展も重要です。転移がなければ、過剰な治療を回避する方向へ向かえますし、逆に転移が確認されれば、その制御に治療の重点を置くことができます。
 
財前医師は「外科手術こそ根治」と信じていましたが、今後は「がんと共存し、生活の質を保つ」方向へ舵を切るべきだという考えが広がるでしょう。これは、獣医学においても同様です。手術や細胞障害性の高い抗がん剤を避け、QOLを重視する方針が進んでいくかもしれません。
 
ただし、作中の浪速大学病院のように、保守的な組織では新たな知見があっても、メンツやしがらみによって標準治療が続けられる可能性もあります。
 
また、財前医師は緊張の多い日常を送り、喫煙・飲酒・運動不足という生活習慣が、がんの増殖に適した体内環境をつくっていた可能性も否めません。興味深いのは、手術という身体的ストレスと、心理的ストレスが、生体反応として共通の影響をがん細胞に及ぼすという点があることです。
 
がんの進行には体内環境も大きく関与しています。私が生きている間に、がん治療が劇的に変わるとは思えませんが、各自できることはあります。ストレスを避け、適切な体重を保ち、加工食品やアルコールを控え、十分な睡眠と日光浴、適度な運動を心がけること。そして、動物と触れ合うことも、がん予防に効果があるかもしれません。
 
『白い巨塔』を観て、私は獣医師として、このように考えました。
 
実は、裁判争点になった術前の佐々木氏のCT画像では、財前医師のほか、作中の鑑定医師も含め誰も気づいていませんが、おそらく、両肺に転移があります。原告側がこれに気づいていれば、一審の判決で、明らかな重大な診断ミスとして財前医師は敗訴して有罪になり、出世コースから失墜したでしょう。(ドラマの医療監修の詰めが甘かったのでしょう)
 
がんにおいて、転移の有無はとにかく重要なのです。
 
とは言ってもドラマとしては傑作なのは変わりません。医療現場における適切な言葉や言い回しは非常に参考になりました。


 


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