ふじみ野市
大井みどり動物病院
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2025/05/31

少し考えればわかること

タオル鉗子
 
 
 
 

 

 
 
埼玉県ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
 
 
 
体の中で最も「いたみ」を感じやすい部位をご存知でしょうか。もっとも敏感なのは目(角膜)、次に皮膚が続きます。
 
 
こうした事実を踏まえると、犬や猫の外科手術において広く用いられている「タオル鉗子」の使用方法について、あらためて考える必要がありそうです。
 
 
タオル鉗子は、術野を覆う布(術布・ドレープ)を皮膚に固定するために使用される器具であり、先端が鋭く、布とともに皮膚を貫通させるのが一般的な手技です。多くの獣医外科の教科書にも記載があり、現在も多くの動物病院で用いられています。
 
 
私自身、この使用法に長年疑問を抱いてきました。きっかけは単純で、「痛そうだ」という直感でした。実際に自分の皮膚で試してみれば、その刺激の鋭さがよくわかりました。確かに、全身麻酔下ではその痛みは脳では感じませんが、皮膚は物理的に損傷を受け、覚醒後にその痛みが生じたり、感染を誘発する可能性は容易に思い浮かびます。
 
 
人医療では、このようなドレープを皮膚に直接固定する目的でタオル鉗子を使用することは、基本的に行われていません。ドレープ同士を留める目的では用いられますが、皮膚を穿刺する使用は忌避されています。これは、あえて議論されるまでもなく、不適切とされているからかもしれません。それどころか、人の外科医には皮膚を挟むものという発想自体がないのだと思います。
 
 
その証拠に、日本で販売されているタオル鉗子の取説には、あくまで、術布を固定する目的での使用が用途として記されていおり、皮膚の使用に関して記載されていません。元々、皮膚を挟むことは念頭にないのでしょう。
 
 
一方、獣医学領域ではこの使用法が常態化しています。しかし、その根拠を調べてみると、40年ほど前の教科書に用法の記載があるものの、明確な科学的根拠に基づいたものではないようです。過去の記述が、現在まで大きな検証を経ることなく踏襲されている可能性があります。代表的な外科学のテキストにも掲載されており、獣医学においては正当化されています。
 
 
昔の獣医師の誰かが初めて、なんとなく正しそうな使い方で、犬猫も不満を訴えないし、誰も疑問を持たないため、流行っていき、現在に至るのかもしれません。
 
 
しかし、タオル鉗子の使用にはメリットもあります。安価で、手技が簡便であることは事実ですが、固定力不足があったり、挟むと皮膚が盛り上がり、手術の邪魔になることもよくあります。
 
 
現在では、代替手段が複数存在します。シール付きのドレープが原則ですが、縫合固定、医療用ステープラー(適応外)なども、皮膚に使うものであり、タオル鉗子よりはずっと優れています。また、術布を固定できるフィルムドレープとタオル鉗子をわざわざ併用している場面もあり、過剰で非効率な印象を受けることもあります。
 
 
手術における疼痛管理は、獣医学の中でも大きく進歩してきた分野です。局所麻酔や神経ブロック、オピオイドの併用など、多くの工夫がなされてきました。であればこそ、こうした「見落とされがちな痛み」にも意識を向ける必要があるのではないでしょうか。
 
 
外科専門医は、腸管縫合などでは粘膜を挫滅させないよう繊細な手技を求めます。ピンセットで粘膜をつままないような深い配慮をする一方で、皮膚に対しては粗雑な処置が許容されているとすれば、そこには視点の偏りがあるのかもしれません。
 
 
かつて「傷の消毒」は常識でしたが、現在では無益あるいは有害とされ、その使用は否定されています。タオル鉗子の皮膚貫通使用も、将来的には同じように見直される時が来ると私は考えています。
 
 
「副作用の明確なエビデンスはない」「長年使用されてきた」などの理由で、見直しは不要という意見があるかもしれません。しかし、実際にはこのテーマに関する研究はほとんど行われておらず、今後もされにくいでしょう。そもそも人で使用しないのが前提なので、人からエビデンスは出るはずもなく、患者に利益がないのは直感でわかります。
 
 
皮膚が「痛みを感じやすい」組織であるということを捉えるだけでも、私たちの医療は良い方向に変わっていくはずです。自分の皮膚をタオル鉗子で挟めば、それがよくわかります。おそらく、メスで一気に皮膚を切ったときより、タオル鉗子で挟んだ方がずっと痛いでしょう。
 
 
タオル鉗子に拘りすぎだという専門医もいるかもいしれませんが、拡大して考えれば、犬猫に施している医療を、自分の身に置き換えて、その苦痛を想像することが大切なのです。教科書にあるから正しいと限りません。原則的に今の時代にタオル鉗子で積極的に皮膚に挟む理屈はありません。
 
 
慣習や常識を一度立ち止まって見直し、もの言わぬ動物だからこそ想像力を働かせ動物にとって最善の医療とは何かを常に問い直す姿勢が獣医療には必要です。
 
 


 


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