ふじみ野市
大井みどり動物病院

2026/01/09

引き際

積極的医療とQOL
 
 
 
 
 

 

埼玉県ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
 
 
現代の獣医療において、「できる限りのことをする」という考え方は、動物を大切に思う気持ちの表れとして、多くの場面で尊重されています。
 
一方で、この考えが、知らず知らずのうちに過剰な治療につながってしまうこともあります。特に犬や猫の終末期においては、命をつなぐことを目的とした医療が重なり、かえってその子の快適さや生活の質(Quality of Life:QOL)を損ねてしまう場合があります。
 
その背景には、「治療をやめることは、あきらめること」「何もしないことは、見捨てること」という思い込みがあるのかもしれません。獣医師の側にも、治療を中止することに対する迷いや葛藤が生じやすい文化があることが指摘されています。
 
また、飼い主さんの気持ちも大きく関わっています。犬や猫を家族として大切に思うからこそ、「まだできることがあるのでは」「後悔したくない」という思いが強くなるのは、とても自然なことです。
 
さらに、医療技術の進歩も選択を難しくしています。心臓や腫瘍の手術、抗がん治療など、以前は行えなかった治療が身近になるにつれ、「できるなら、すべてやってあげたい」と感じる場面も増えてきました。こうした技術の進歩が、治療の終わりどころを見えにくくする可能性があると言われています。
 
こうした状況の中で、飼い主さんも獣医師も、「医療は良いものだ」という善意から選択を重ねた結果、思いがけずその子の快適さや、その子らしい在りようがおろそかになることがあります。視点が医療そのものに寄りすぎてしまうのです。
 
これにより、動物の負担だけでなく、飼い主さんや医療者自身の心にも影響を及ぼすだけでなく、獣医師にも強い葛藤や精神的な疲れを感じることがあると報告されています。
 
つまり、視点が医療にばかり向いてしまいがちになることは、よくないのです。これを防止するにはどうするか。
 
ひとつの大切な視点が、QOLを中心に考えることです。今この時、その子は痛みや不安が無く過ごせているか。治療が、その子の毎日を少しでも楽にしているか。こうしたQOLの視点が、治療を続けるかどうかを考えるうえで大きな助けになるとされています。
 
ただし、QOLという言葉は、人と犬や猫では同じ意味ではありません。人はつらさに意味を見出し、「良くなるため」「大切な時間のため」と理解して治療を選ぶことができます。しかし、犬や猫にとって苦痛は、ただの苦痛であり、病気や治療の意味を理解することはできません。彼らが安心できるのは、住み慣れた場所で、信頼する家族のそばにいる時間です。
 
また、治療には、どこかで区切りが必要になることもあります。獣医療において「何ができるか」だけでなく、「どこで止めるか」を考えることの大切さが指摘されています。
 
犬や猫は家族同然ですが、人間と違うのは明らかです。人間と同じような医療をペットにあてはめることは、正しそうに見えますが、実は動物の苦痛を長引かせることがあります。
 
「医療としてできる限りのことをする」という思いは、深い愛情から生まれるものですが、「動物としての違いや在り方を尊重したQOL寄りの医療」そして「治療の引き際」を考えていくことは、後悔のない本当のよい医療につながるのは間違いないでしょう。
 
この非常に大切なことは犬猫の医療において盲点になりがちだと感じています。突然の重病の告知により慌てると、積極的な医療が最善だと考える傾向がありますが、普段からこの件を考えておくことで、それぞれのご家族にとって良い選択につながるのは間違いありません。
 
積極的な医療とQOLはトレードオフですが、犬猫の医療においては、多くの疾患において、積極的な医療の総合的な期待値は高くないと考えています。




参考文献
 
Batchelor, C.E.M., & McKeegan, D.E.F. (2012). Survey of the frequency and perceived stressfulness of ethical dilemmas encountered in UK veterinary practice. Veterinary Record, 170(1), 19.

英国の獣医師を対象とした調査で、治療継続・中止に関する倫理的ジレンマの頻度とストレスを報告。特に「クライアントが動物の福祉が悪いにもかかわらず治療継続を望む」シナリオが最もストレスが高いと指摘。
 
Kipperman, B., Morris, P., & Rollin, B. (2018). Ethical dilemmas encountered by small animal veterinarians: Characterisation, responses, consequences and beliefs regarding euthanasia. Veterinary Record, 182(19), 548.

小動物獣医師の倫理的ジレンマを調査。倫理的ジレンマが仕事関連ストレスの主因の一つであり、経験の浅い獣医師や女性獣医師でストレスが高いことを報告。
 
Cooney, K., & Kipperman, B. (2023). Ethical and Practical Considerations Associated with Companion Animal Euthanasia. Animals, 13(3), 430.

伴侶動物の安楽死の倫理的・実践的考慮を議論。技術進歩による治療オプション増加が終末期決定を複雑化し、飼い主の感情が動物の利益を優先しにくくする可能性を指摘。
 
Moses, L., Malowney, M.J., & Boyd, J.W. (2018). Ethical conflict and moral distress in veterinary practice: A survey of North American veterinarians. Journal of Veterinary Internal Medicine, 32(6), 2115-2122.

北米獣医師の倫理的葛藤とmoral distressを調査。延命治療や安楽死関連のジレンマが獣医師の精神的疲労の主因であることを報告。
 
Fulmer, A.E., Laven, L.J., & Hill, K.E. (2022). Quality of Life Measurement in Dogs and Cats: A Scoping Review of Generic Tools. Animals, 12(3), 400.

 犬猫の汎用QOL評価ツールのレビュー。動物は人間と異なり苦痛に意味を見出せないため、QOL視点(例: HHHHHMMスケールなど)が治療継続判断に不可欠と結論。
 
Rollin, B.E. (2011). Euthanasia, moral stress, and chronic illness in veterinary medicine. Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice, 41(3), 651-659.

安楽死とmoral stressを議論。「何ができるか」だけでなく「どこで立ち止まるか」の重要性を強調し、治療に区切りが必要で安楽死も倫理的選択肢であると指摘。


 


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