ふじみ野市
大井みどり動物病院

2026/01/26

歯と骨

老化関連疾患と進化医学と白い便
 
 
 
 
 

 

埼玉県ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
 
 
ネット上では、「毎日歯磨きをしましょう」「硬いものは歯を破損させるから避けましょう」「無麻酔の歯石取りはダメ」といった発言をよく見かけます。これらは非常に重要な指摘ですが他にもあります。
 
実は犬猫の歯周病は、2歳までに犬の約80%、猫の約70%、3歳までに犬猫ともに80〜90%という、異常なほど早期かつ高い有病率を示します。「若齢個体のほとんどが歯周病」なことは、医学的に見ても極めて特異です。
 
にもかかわらず、「なぜ犬猫はこれほど歯石がつきやすいのか」「なぜこれほど早期に歯周病が発症するのか」といった原因の本質や、それに基づく対応についての議論はあまり見かけません。AIにこの疑問を尋ねると、「ウェットフードの方がドライフードより歯石がつきやすい」といった回答が返ってきましたが、これは加工形態の違いに論点を限定しており、原因論そのものを別の方向へずらしているに過ぎません。
 
個体差はあるものの、外的要因を一言で述べるならペットフード中心の食生活が、歯周病発症を著しく促進していると考えられます。犬猫は本来、肉や骨を噛み砕き、歯に強い剪断力や摩擦を日常的に加える摂食様式をとってきました。しかし現代の飼育環境では、その行為が大きく失われています。その結果、歯垢が日常的に物理除去される機会がなくなりました。さらに、ペットフードに含まれる必須でない栄養素の炭水化物は歯垢・歯石形成を助長する方向に働く可能性があります。
 
「進化医学」の観点では、生体は長い時間をかけて繰り返されてきた環境や食事様式に適応して設計されており、その前提から外れた条件下では、疾患リスクが高まると考えられています。犬猫にとって肉と骨を主体とした食事は、単に歯を使うという意味にとどまらず、複数の生理機構が同時に適合してきた食事様式と位置づけることができます。
 
ただし、「肉や骨を食べていれば歯周病にならない」と単純に言えるわけではありません。野生のイヌ科・ネコ科動物の調査では、歯周病は一定割合で認められており、半数近くの個体に歯周病が存在したとする報告もあります。したがって、歯周病は本質的には時間の経過とともに進行しやすい疾患であり、老化現象そのものではないものの、老化を背景として進行する「老化関連疾患」と捉えるのが妥当です。
 
重要なのは、現代のペットフードが歯周病の原因そのものというより、その進行を著しく加速させる環境因子として作用している点です。3歳までにほとんどの犬猫が歯周病を発症するという状況は、生物学的に見て極めて異常であり、進化的に想定された摂食様式からの乖離が強く影響している可能性があります。
 
歯周病は多くの場合、直ちに致命的となる疾患ではありません。歯周病菌による敗血症など命に関わる状態に至ることは理論的にはあり得ますが、実際には免疫低下を招く重篤な基礎疾患が併存していることがほとんどです。歯周病単独で死亡に至るケースは、臨床的には極めて稀です。
 
次に歯の破損についてです。「骨を与えると歯が折れるから避けるべきだ」という考えも広く流布しています。確かに、野生のオオカミや犬では歯の摩耗や破損は珍しくありません。しかし自然界では、それは異常ではなく、硬いものを摂食する以上、ある程度避けられない現象です。むしろ、歯の破損リスクを極端に下げた食事様式が、歯周病を進行させている側面もあります。
 
経験的には、ペットで歯の破損が起こる多くのケースは、市販の鹿のツノや豚のヒヅメなど、加工により不自然に硬度が高められた製品によるものです。生の骨は弾力があり、鋭利になりにくいため、適切に与えればリスクは相対的に低下します。
 
歯は守るべき器官であると同時に、摩耗や破損を前提として設計された器官でもあります。歯周病と同様、歯の摩耗や破折もまた、経年変化、すなわち老化の一側面として捉えることができます。歯は本来破損する者であり、破損があって命に関わることなく、症状がなければ、経過観察を選択することは合理的な判断です。
 
歯周病対策として適切な骨を与えることは有効ですが、一般家庭で常時実践するのは容易ではありません。そのため、現実的な対応としては、日常的な歯磨きが最も有効であることは間違いありません。歯周病の経過観察を選択する場合でも、痛みや食べにくさなどの症状が出現した場合には、麻酔リスク以上のメリットがあることが多く、治療介入が必要です。
 
無麻酔の歯石とりについては、これはリスクが大きく、原則行なってはいけません。歯の治療時には麻酔が必要ですが、麻酔時はリスクが伴います。上記の理由により歯周病や歯の破損は経過観察が許容される場合も多いため、麻酔をかけ歯の治療をするかは、担当医よく相談し、決定することが必要です。
 
ちなみに、我が家の犬は骨を常食していますが、医学的興味から、歯磨きはあえて行っていません。現在4歳ですが歯周病は認められず、異常な口臭もありません。骨による歯の破損や消化管障害も経験していません。骨の過剰摂取時に便が白くなることはありますが、血中カルシウム濃度の上昇は認められず、不要なカルシウムは便中に排泄されていると考えられます。この事例は一般化できるものではありませんが、骨や肉が犬の生理に適合した食事である可能性を示す一例ではあります。
 
また、ペットフード業界がスポンサーのWSAVA(世界小動物獣医師会)は「骨を与えても、歯垢や歯周炎による歯の喪失のリスクを減らすことはない」という立場です。
 
小難しい説明を重ねましたが、骨を与えると犬は非常に嬉しそうに噛み、食べます。そして、時々白い便をします。進化医学的に見れば、その行動自体が、生体にとって自然で負担の少ない摂食様式であることを示しているとも言えるでしょう。骨を与えるか与えないかについての判断は、最終的にはこの点に集約されるのかもしれません。



参考文献
Merck Veterinary Manual: Periodontal Disease in Small Animals 
「2歳までに猫の最大70%、犬の80%が何らかのレベルの歯周病を有する」
 
Today's Veterinary Practice: Periodontal Disease: Utilizing Current Information to Improve Client Compliance 
「2歳までに犬の80%、猫の70%が何らかの形の歯周病を有する」
 
Cornell University College of Veterinary Medicine: Periodontal disease 
「3歳以上の犬の80-90%が歯周病の何らかの要素を有するという研究がある」
 
Prevalence of Dental Disorders in Wild Cats Maintained at Captivity in the Zoo of Brasilia City 
「野生猫の55.17% (N=16)に歯石、27.59% (N=8)に歯の破損があった」
 
Dental pathology of the wild Iberian wolf (Canis lupus signatus): The study of a 20th century Portuguese museum collection 
「歯の約30%に摩耗の兆候が見られた。上顎と下顎の歯の小さな部分(<13%)のみが歯周炎を示さなかった」
 
AVDC Position Statement: Companion Animal Dental Scaling Without Anesthesia 「患者のわずかな頭の動きでも患者の口腔組織に損傷を引き起こす可能性がある」「麻酔なしの犬や猫の患者ではすべての歯の歯肉下領域へのアクセスは不可能である」「リスクにはストレス、損傷、不完全な除去が含まれる; 推奨されない」
 
WSAVA Global Nutrition Committee: Raw Meat-Based Diets for Pets 
「骨は楽しみや認識されている(perceived)歯科的利益のために与えられるが、歯の破損、腸や食道の閉塞、便秘を引き起こす可能性がある」「骨を与えても、歯垢や歯周炎による歯の喪失のリスクを減らすことはない」
 
Raw beef bones as chewing items to reduce dental calculus in Beagle dogs” (Marx et al., 2016, Australian Veterinary Journal)

「生の牛骨を噛むことは、犬の歯石を除去する効果的な方法でした。SB骨は短期的に歯石をより効率的に除去しました。」
 
Evaluation of teeth injuries in Beagle dogs caused by autoclaved beef bones used as a chewing item to remove dental calculus” (Pinto et al., 2020, PLOS One)

「生の牛骨の咀嚼も、成犬の歯石を短期的に減少させます。」 
 
Clinical health markers in dogs fed raw meat-based or commercial extruded kibble diets” (Hiney et al., 2021, Journal of Animal Science)

「生肉ベースの食事を与えられた犬は、歯科衛生を含む複数の健康マーカーでより良いスコアを示しました。生肉食事を長く与えられた犬ほどスコアが良くなりました。」 


 


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