2026/02/10
殺人ダニ?
埼玉県ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
人のSFTSは、マダニ媒介のウイルス感染症で、メディアでは「殺人ダニ」「致死率30%」と繰り返し報じられ、まるで日常的に命の危険があるかのようです。
でも、日本人の2025年の患者数は過去最多の191例とはいえ、実際の死亡数は年間20〜50人程度です。日本には1億2千万人の人がいますが、その中のたった50人です。
また、死亡例の90%以上が高齢者(65歳以上)、または悪性腫瘍・糖尿病・免疫不全などの基礎疾患保有者に集中しています。基礎疾患のない現役世代(20〜50代)の死亡人数は、年間で数人です。
以上の2点から、考えれば、人ではSFTSで死亡する確率は落雷死レベルであり、持病がなければ命を落とす現実的リスクは限りなく低いのです。
一方、犬猫ではどうか。文献上では、特に猫は犬より重症化しやすいと記されています。確かに、猫の発症例での致死率は50〜70%(平均60%前後)と高く報告されています。「発症すると6割が死亡する」から、「猫はSFTSに極めて弱い」という理屈です。
しかし、人で重症化するのは免疫がうまく働いていないケースが多く、これは猫にも当てはまる可能性が十分にあります。ダニのいるような場所で過ごしている猫は、猫エイズや猫白血病に感染していたり、いわゆる猫風邪のウイルス、赤血球に感染する原虫など、さまざまな感染症を抱えていたり、栄養状態が良くない可能性が高いです。
つまり持病があり、状態が悪いところにSFTSが感染し、これが引き金となり死亡している可能性があります。
ところが、猫の研究報告のほとんどは、背景にある併発疾患を十分に精査していません。感染症の診断において「他の感染症の有無」を調べるのは鉄則ですが、それがなされていない以上、研究データとしては不十分です。致命的な欠陥と言えるかも知れません。私の調べた限り、考察でも基礎疾患や他の感染症にほぼ触れていません。
また、犬猫のウイルスの感染症は確定診断が難しいことから、研究報告の症例がすべて本当に単純なSFTSかどうかにさらに疑問が湧きます。
さらに、深刻なのは、猫のデータがほぼすべて「発症・重症化した症例の集積」である点です。無症状感染や、軽症のまま自然回復した猫は捕捉されていないため、重症化バイアスや生存バイアスが極めて強く働いています。そのため、真の感染致死率や重症化リスクは過大評価されている可能性があります。
以上のことから、「猫の感受性が一律に高い」と結論づけることは難しく、また、SFTSの診断方法にも疑問があり、感染症研究として「猫が重症かしやすい」と結論づけるには不十分です。
たしかに、免疫学的に猫という種がこの感染症に弱い理屈は示唆されています。でも、仮に猫の方が人の50倍重症化しやすいとしても、人で言えば、落雷死から交通事故で亡くなる確率くらいの低確率にしかなりません。
十分な研究報告がないため断定はできませんが、このウイルスは人も犬も猫も、持病がなければ大きな問題になることはないかもしれません。西日本の野良猫の間で重症化が見られるのは、ウイルスの毒性そのものというより、元々の栄養不良や併発疾患によって状態が悪化したところに感染が重なり、猛威を振るっているのだと考察しています。
また、残念なことに、過去に獣医師が治療中の猫から感染して命を落とす事例がありましたが、その獣医師は高齢であり、脂質代謝異常の基礎疾患があったようです。(医療者にはSFTSの感染症疑いの場合正しい防御が必要です)この獣医師も基礎疾患が大きく関与していたかも知れません。
では、一般の飼育猫はどうするか。室内飼育の猫であれば、まず問題になることはないので現時点では心配いらないでしょう。リスクはほぼゼロです。
一方、持病のある猫は注意が必要ですが、そのような猫はたいてい室内飼育ですので、ほぼリスクはないでしょう。
結局外にいる猫、特に外によく行く持病のある猫には注意する必要があります。
話は戻りますが、あのCOVID-19も、高齢者でなく基礎疾患がなければ、まず重症化しません。死亡者の大部分は高齢者に集中しています。
AIに聞くと、若くて基礎疾患なしのCOVID‑19死亡は、全国でも年間で数人〜多くて数十人という極めて稀な事象であり、全死亡統計の中では統計誤差レベルの割合にとどまるそうです。
SFTSが10人くらいですから、数だけ見れば、似ています。健康な現役世代がSFTSやCOVID−19で死亡するはないといってよいでしょう。
その理屈で考えると猫のSFTSも基礎疾患がなければ死に至ることは少ないのかもしれません。
でも、質の良い研究報告がないので、結論としては猫のSFTSの実態はよくわからないといのが現状です。
確かなことは外出する猫ほど、さまざまな感染症や交通事故など、いろんなリスクがあります。SFTSはその一つです。猫を室内飼育にできれば安全になりますが、それは大抵難しいですから。結局、外に行く猫はノミダニ予防をしっかりしましょう。
でも、予防製剤では、ノミやダニが刺すこと自体を予防できません。刺した直後にウイルスが移行する可能性も示唆されており、予防薬の特性を考えると効果は非常に限定的かもしれません。
製薬会社のキャンペーンはもちろんですが、何かと感染症を煽るニュースが目立ちます。例外はありますが、多くの感染症は、現在では「若くて持病なければ、命にかかわることはほぼない」と言えるのではないでしょうか。ただし、猫のSFTSがそれに当てはまるかはまだわかりません。
そして、犬猫のSFTSについては肝心なことを調べられない状態のまま危険性ばかりが強調され、恐怖やリスクが煽られ一人歩きしているように私には見えます。また先に述べた理由によりノミダニの予防薬の感染防止効果はあまりないかもしれません。
実際に診察室でこの話をしたこはありませんが、一般的に考えるより、SFTSを怖がる必要はなく、ノミダニの予防薬の感染の予防効果は限定的だと私は考えています。
※本稿は、過度な不安や誤解が広がりやすいテーマについて、一般の方が冷静に状況を捉える一助となることを目的に、あえて視点を変え、部分的に強調した表現を用いています。
参考文献
He ZQ, Wang B, Li Y, et al. Severe fever with thrombocytopenia syndrome: a systematic review and meta-analysis of epidemiology, clinical signs, routine laboratory diagnosis, risk factors, and outcomes. BMC Infect Dis. 2020.
「SFTS患者4143例の致死率は18%であった。高年齢や農業従事が予後不良のリスク因子であり、重症例では肝酵素上昇・血小板減少・アルブミン低値など異常が顕著であった。多くの研究は入院症例に限られており、地域集団における真の発生率や軽症例・不顕性感染については十分な情報がない。」
Cui H, Shen S, Chen L, et al. Global epidemiology of severe fever with thrombocytopenia syndrome virus in human and animals: a systematic review and meta-analysis. Lancet Reg Health West Pac. 2024.
「世界全体の症例致死率中央値は7.80%であったが、人口1000万人あたりの死亡率は3.49人と低く、特に日本では1000万人あたり0.65人と他国より低かった。通知率と死亡率は増加している一方で、致死率は時間とともに減少しており、医療体制や症例把握の違いが影響している可能性がある。」
Li H, Lu Q, Xing B, et al. Epidemiological and clinical features of laboratory-diagnosed severe fever with thrombocytopenia syndrome in China, 2011–17: a prospective observational study. Lancet Infect Dis. 2018.
「中国のSFTS確定例2096例の致死率は16.7%で、年齢上昇と入院遅延が死亡リスクを有意に高めた。神経症状や出血傾向、LDH・AST・BUN異常も死亡と強く関連した。リスクは高齢ほど顕著であり、若年患者の死亡は相対的に少ない。」
Zhao JM, Lu Q, Yuan Y, et al. Sex Differences in Case Fatality Rate of Patients With Severe Fever With Thrombocytopenia Syndrome. Front Microbiol. 2021.
「2938例の解析で全体致死率は15.3%。致死率は加齢に伴い急増し、特に男性高齢者で顕著であった。基礎疾患の有無は、とくに女性で死亡リスクを有意に高めた。免疫指標の解析からも、高齢男性でB細胞やCD4陽性T細胞が低下しており、高齢・基礎疾患・免疫能低下が死亡集中の背景にあることが示唆された。」
Wang Y, Song Z, Wei X, et al. Clinical laboratory parameters and fatality of Severe fever with thrombocytopenia syndrome patients: A systematic review and meta-analysis. PLoS Negl Trop Dis. 2022.
「3300例超の解析で、ウイルス量増加、凝固異常、AST・LDH上昇、血小板減少、アルブミン低下が死亡と強く関連した。著者らは、これらは重症化した症例に基づく指標であり、軽症例・不顕性感染を含めた集団全体のリスク評価は依然として不十分だと指摘している。」
Wang Y, Song Z, Xu X, et al. Clinical symptoms associated with fatality of severe fever with thrombocytopenia syndrome: a systematic review and meta-analysis. Acta Trop. 2022.
「3011例のメタ解析で、死亡と強く関連したのは吐血、意識障害、昏睡、DIC、多臓器不全、ショック、急性腎障害などの重篤な合併症であり、一方で「基礎疾患」や多くの非特異的症状は死亡と明確な関連を示さなかった。著者らは、既報研究が主に入院重症例に偏っており、地域集団全体のリスクを反映していない可能性を述べている。」
Kobayashi Y, Kato H, Yamagishi T, et al. Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome, Japan, 2013–2017. Emerg Infect Dis. 2020.
「日本で報告された303例のうち解析された133例の致死率は27%と高かったが、これは確定例に限った数値であり、軽症例や診断されなかった症例は含まれていない。患者の多くは高齢であり、高齢者ほど致死率が高い傾向が示された。」
Matsuu A, Momoi Y, Nishiguchi A, et al. Natural severe fever with thrombocytopenia syndrome virus infection in domestic cats in Japan. Vet Microbiol. 2019.
「西日本の飼い猫24頭の自然感染例の致死率は62.5%であった。全例が急性の食欲不振・元気消失などで受診した明らかな発症例であり、無症状感染や軽症で自然回復した猫は研究対象に含まれていない。著者らは、屋外猫が多く、ダニ寄生や屋外環境が感染リスクと関連すると述べているが、基礎疾患や他の感染症の詳細な評価は行っていない。」
Osako H, Xu Q, Nabeshima T, et al. Clinical Factors Associated with SFTS Diagnosis and Severity in Cats. Viruses. 2024.
「SFTS疑い猫187頭を解析し、SFTSV陽性例は体重低下、血小板減少、AST・総ビリルビン高値を呈し、AST・ALT・ウイルスRNA量が死亡と関連していた。症例は動物病院を受診した発症例に限られており、地域の猫集団における真の感染頻度や致死率は評価していない。また、FIV/FeLVなど他の基礎疾患の系統的スクリーニングは報告されていない。」
Park ES, Shimojima M, Nagata N, et al. Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome Phlebovirus causes lethal viral hemorrhagic fever in cats. Sci Rep. 2019.
「SFTSVを実験感染させた健康な猫6頭中4頭が死亡し、ヒトSFTSと同等かそれ以上の重篤な症状を示した。これは猫という種がウイルス自体に対して高い感受性を持つことを示すが、一方で野外での不顕性感染や軽症例の頻度については情報がない。」
Ishijima K, Tatemoto K, Park E, et al. Lethal Disease in Dogs Naturally Infected with Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome Virus. Viruses. 2022.
「自然感染した犬7頭では致死率43%であったが、別に調べたSFTSV陰性犬98頭のうち4頭が高力価のIgG抗体を保有しており、犬では無症状あるいは軽症で感染から回復する例が相当数存在する可能性が示された。著者らは、報告される症例は重症例に偏っていると考えられるとしている。」
Lee M, Lee E, Kim S, et al. Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome in South Korea, 2016–2021: Clinical Features of Severe Progression and Complications. Am J Trop Med Hyg. 2024.
「韓国2016〜2021年の症例の致死率は約16.8%であり、高齢・基礎疾患・入院時の意識障害や腎機能障害、凝固異常が死亡と有意に関連した。著者らは、SFTSは人口全体では稀な疾患だが、高齢や併存疾患をもつ患者では重篤化しうると結論づけている。」
Takeuchi T, et al. Profile of Patients with COVID-19 in Osaka Prefecture, Japan. J Clin Med. 2020.
「1782例中86人死亡。60–69歳でHR 12.0、70–79歳でHR 44.6、80–89歳でHR 68.4、90歳以上でHR 144.7(基準0–59歳)。若年層の死亡は極めて少ない。」
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