2026/02/27
猫の腎臓食2
埼玉県ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
そもそも、こういう観察研究のやり方だと、治療を受けたグループが「効果があった」と出やすい傾向があります。たとえば肝臓用の食事や心臓用の食事でも、同じ方法で調べたら似たような良い結果が出てしまう可能性が高いです。
だから、このタイプの研究は注意して見る必要があります。このような手法が多くの研究で使われ、その結果がそのまま使われているのは、根本的な欠陥があると私は考えています。
この欠陥は、観察研究の設計そのものが持つ問題で、ランダムにグループ分けしていない以上、治療を選んだ人と選ばなかった人の間で最初から条件が違うことが残りやすく、それが結果をゆがめてしまうからです。特に獣医学や人間の慢性の病気研究では、こういう過去のデータを集めた研究が主流なので、信じすぎると間違った判断をしてしまう恐れがあります。
リスクが大きい治療ほど、この傾向が強くなります。たとえばがんの治療のように体に負担がかかるものほど、治療を受けたグループの結果が良くなりやすいのです。なぜなら、リスクを承知で治療を選ぶ患者さんや飼い主さんは、病気の進行が遅めだったり、合併症が少なかったり、お金に余裕があったり、先生の言うことをちゃんと守ったりするような、そもそも良い予後になりやすい条件をいくつも持っている確率が高いからです。これを「healthy adherer bias(健康的に治療を守る人の偏り)」や「healthy user effect」と呼ぶことがありますが、観察研究ではこれを完全に数字で調整しきれないことが多く、結果として積極的な治療を受けたグループが「効果あり」と見えやすくなってしまうのです。
逆に、リスクを避けて普通の治療を選ぶグループは、そうした良い条件が少ない場合が多く、相対的に結果が悪く出やすい仕組みになっています。
逆に「効果がなかった」という結果が出た場合は、むしろ信用できる可能性が高いです。それどころか、データに書かれている以上に、実際はもっと効果がなく、副作用が大きいかもしれないと考えるべきです。なぜなら、良い結果は発表されやすく、悪い結果は発表されにくい「出版バイアス」というものがあるからです。
さらに、観察研究の偏りが「効果あり」の方向に強く働くので、「効果なし」や「有害」という結論が出た場合は、その偏りを乗り越えて出てきた結果であるため、むしろ現実をより厳しく表していると考えられます。実際の現場では、データで出た「効果なし」以上に、無効だったり副作用が目立ったりするケースが隠れている可能性を常に考えておくべきです。
また、この論文は動物の検査をしている会社の人が書いていて、自分の会社の検査で早く腎臓病を見つけることを勧めているように見えます。こうした利益相反がはっきりしている場合、データの解釈や選び方に偏りが入るリスクが高まります。
さらに、なぜ腎臓食が効果があったのか、という理由の説明がほとんどありません。データが足りないので難しいのかもしれませんが観察研究で生存期間が長くなったと示されても、リン制限、タンパク質の質の改善、オメガ3の増加、水分をたくさん取らせること、抗酸化物質の効果など、どの部分が一番効いたのかをはっきりさせないまま「腎臓食が良い」と結論づけるのは不十分です。データ不足を理由に説明を省くのはわかりますが、それが論文の限界を表しているのも事実で、「因果関係が証明されたわけではなく、ただの相関の報告だ」と認識すべきです。
と、医療のことは批判的に見ることが大事なので、あえて、このように考えました。ただ「エビデンスがあるから」と盲目的に信じるのではなく、研究の弱点、書いた人の背景、統計の偏りの方向、出版バイアスなどを一つずつチェックする姿勢が、間違った治療を選ばないために欠かせません。
そして、この結果が本当なら、腎不全の猫や犬にとって腎臓食はすごく良いものだと言えます。でも反対に考えると、普通の食事のほうが腎臓に負担をかけていて、かなり問題がある、という見方もできます。
つまり、治療食の良さが本当にあるとしたら、それは治療食が積極的に腎臓を守っているというより、普通の市販食がリンやタンパク質、塩分などを過剰に含んでいて、腎臓にずっと負荷をかけ続けている結果である可能性もあるということです。
この論文は慎重な解釈が必要です。簡単に「腎臓食が有効」と信じ込まない方が良いでしょう。
※本稿は、あえて視点を変え、意図的に強調した表現を用いています。
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参考文献
Coyne M, Szlosek D, Webeck J, et al. Use of a veterinary therapeutic renal diet in cats with early chronic kidney disease is associated with slower disease progression and improved survival. J Am Vet Med Assoc. 2025. doi:10.2460/javma.25.10.0665. [Epub ahead of print]
「獣医治療用腎臓食の使用は、初期慢性腎臓病の猫において病気の進行を遅くし、生存を改善することに関連している。」
「獣医治療用腎臓食を使用した猫は、3年間でより長い生存を示した:制限平均生存時間は31.0ヶ月に対し、未治療の猫では26.0ヶ月であった。」
「治療状態は、診断後60日以内に獣医治療用腎臓食が医療記録(取引データ、獣医治療データ、医療ノート)に記載され、その後少なくとも毎年1回記載されている場合に『一貫した治療』と定義された。」
「処方された食事が購入されたか、使用されたか、唯一の栄養源であったかの情報はこの評価方法では欠如していた。」
「多くの飼い主が複数のブランドを与えたり、市販食と組み合わせたりしていることが先行研究で示唆されており、この研究では実際の摂取を確認できなかった。」
「獣医治療用腎臓食の給餌における最大の障壁は、猫と飼い主による受け入れである。」
「治療は獣医師の処方と飼い主の選択に基づくため、より遵守的または健康意識の高い飼い主への選択バイアスが生じる可能性がある。」
「遵守は診断後60日以内に記載され、その後毎年少なくとも1回記載されることで定義されたが、実際の期間や一貫した使用は直接測定されていない。」
「血液検査(SDMA、sCrなど)は7歳から隔年でルーチンケアの一部として行われ、タイミングは標準化されておらず、臨床実践により異なる。」
「大規模商業データベースの使用により、獣医師によるCKD診断の変動性と診療所ごとの治療慣行のばらつきが生じ、誤分類バイアスが残る可能性がある。飼い主遵守が最適ではなく、未治療猫が他で腎臓食を受けた可能性、薬剤データなし、交絡の残存可能性も認めている。」
「初期CKD猫における獣医治療用腎臓食の使用は病気の進行を遅くし、生存を改善することに関連する。ただし観察研究のため一部の交絡が残る可能性があり、効果が過大評価される恐れがある。」
Ross SJ, Osborne CA, Kirk CA, Lowry SR, Koehler LA, Polzin DJ. Clinical evaluation of dietary modification for treatment of spontaneous chronic kidney disease in cats. J Am Vet Med Assoc. 2006 Sep 15;229(6):949-57. doi: 10.2460/javma.229.6.949. PMID: 16978113.
「本研究で評価した腎臓食は、ステージ2または3の自然発症CKDを患う猫において、尿毒症エピソードおよび腎臓関連死亡を最小限に抑える点で、成猫用維持食よりも優れていました。」
Savović, J., Jones, H., Altman, D., Harris, R., Jüni, P., Pildal, J., Als-Nielsen, B., Balk, E., Gluud, C., Gluud, L., Ioannidis, J., Schulz, K., Beynon, R., Welton, N., Wood, L., Moher, D., Deeks, J., & Sterne, J. (2012). Influence of Reported Study Design Characteristics on Intervention Effect Estimates From Randomized, Controlled Trials. Annals of Internal Medicine, 157, 429 - 438. https://doi.org/10.7326/0003-4819-157-6-201209180-00537.
「メタ・疫学研究では、ランダム化や割付隠蔽、二重盲検が不十分な試験ほど効果が平均で10〜15%程度「過大評価」されることが示されています。」
Haigh, L., Kirk, C., Gendy, K., Gallacher, J., Errington, L., Mathers, J., & Anstee, Q. (2022). The effectiveness and acceptability of Mediterranean diet and calorie restriction in non-alcoholic fatty liver disease (NAFLD): A systematic review and meta-analysis.. Clinical nutrition, 41 9, 1913-1931 . https://doi.org/10.1016/j.clnu.2022.06.037.
「NAFLD/MASLDなどの食事介入研究では、RCTでも自己申告食事データや非盲検が多く、主観的・間接指標へのバイアス余地が大きいと指摘されています。」
Scott, I., Hubbard, R., Crock, C., Campbell, T., & Perera, M. (2021). Developing critical thinking skills for delivering optimal care. Internal Medicine Journal, 51. https://doi.org/10.1111/imj.15272.
「世界中の医療システムは、誤診・無益な治療・医療のばらつき・安全でない診療などの問題を抱えており、これに対処するには臨床推論・エビデンスに基づく意思決定・システム思考といった批判的思考スキルが不可欠とされます。」
Shrank, W., Patrick, A., & Brookhart, A. (2011). Healthy User and Related Biases in Observational Studies of Preventive Interventions: A Primer for Physicians. Journal of General Internal Medicine, 26, 546-550. https://doi.org/10.1007/s11606-010-1609-1.
「介入群の方がもともと健康行動が良いために、有益効果を過大評価する方向に働くのが典型と整理されている。」
Brookhart, M., Wyss, R., Layton, J., & Stürmer, T. (2013). Propensity Score Methods for Confounding Control in Nonexperimental Research. Circulation: Cardiovascular Quality and Outcomes, 6, 604–611. https://doi.org/10.1161/circoutcomes.113.000359.
「がん治療では、より集中的・侵襲的な治療は「体力があり予後が良さそうな患者」に選択されるため、治療自体の効果に加えてベースラインの健康状態の違いが成績改善として現れやすい。」
Soni, P., Hartman, H., Dess, R., Abugharib, A., Allen, S., Feng, F., Zietman, A., Jagsi, R., Schipper, M., & Spratt, D. (2019). Comparison of Population-Based Observational Studies With Randomized Trials in Oncology.. Journal of clinical oncology : official journal of the American Society of Clinical Oncology, 37 14, 1209-1216 . https://doi.org/10.1200/jco.18.01074.
SEER-Medicareを用いた複数のがん治療比較では、観察研究から得られた治療効果推定が、RCTの結果とほとんど相関せず、「より侵襲的な治療が良い」と結論することが多いが、その正しさは約4割程度にとどまる
Sarewitz, D. (2012). Beware the creeping cracks of bias. Nature, 485, 149-149. https://doi.org/10.1038/485149a.
「産業が関与する臨床試験や規制関連研究では、企業製品に有利な「陽性結果」が体系的に多いという指摘が長年なされている」
Enst, W., Ochodo, E., Scholten, R., Scholten, R., Hooft, L., Hooft, L., & Leeflang, M. (2014). Investigation of publication bias in meta-analyses of diagnostic test accuracy: a meta-epidemiological study. BMC Medical Research Methodology, 14, 70 - 70. https://doi.org/10.1186/1471-2288-14-70.
「産業資金や著者の経済的利益相反(COI)は、研究テーマ設定・デザイン・解析・報告の各段階でバイアスを生みうるとされる」
医学論文では、タイトルやアブストラクトが統計学的に有意な・好ましい結果や肯定的表現を優先的に載せる傾向が、多数の分野で確認されています(Duyx 2019, Dwan 2013, Feng 2023, Scherer 2018, Song 2010, Jannot 2013 など)。
論文を読む際は、抄録だけで判断せず、本文・プロトコル・登録情報まで確認することが重要です(Dwan 2013, Dwan 2008, Song 2010, Kicinski 2013 など)。
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